「古藤さん、歩行街の花時計で、〇時に待ち合わせましょう」
中国人大学生が言った。
当日の待ち合わせ時刻に、携帯電話が鳴る。
「古藤さん、どうしたんですか?」
「何かあったんですか?」
心配そうな声…。
私は階段を駆け下りながら、
「ごめんなさい。まだ寮にいます。10分待ってください」
そう答えた。
あー、中国でもやってしまった…、遅刻…。
修行先の鍼灸院は午前8時半からだったが、
遅れたことはない。
中国語の専門学校は午前8時からだったが、
遅れたことはない。
日本にいる時、仕事に遅れたことはない。
プライベイトな待ち合わせになると、遅れてしまう。
なんでかなぁ~。
今でも、『待ち合わせ』と聞いただけで怖くなる…。
小さい頃から、隙間の暗闇が怖い。
夜になると、留学生寮の部屋の窓を
カーテンでしっかりと隠さないと気が済まない。
今でも…、
トイレやお風呂場、押し入れなどの戸が閉め忘れ、
奥の暗闇が少しでも見えると大変!!!
向こうで何か怪物がうごめき…、
瞳がキラッと光り…、
目が合ってしまったら…、
ぎゃぁーーー!
妄想は続く…、続く…、続く…。
留学当初、鍼灸の勉強も中国語の勉強も思うようにはいかなかった。
「もう、八方ふさがりだ…」と何度も思った。
そんな時、ふっと空を見上げる。
「この空をずっとずっと左に行けば日本なんだ…」
「今眺めている満月は、日本で見ても同じなんだ…」
「ここにいることは特別なことではない」
「日本でもいろいろあったけれど、なんとかなった」
「今度もなんとかなる…」
悲劇のヒロインという思い込みから脱することができた。
マイナスの思い込みにどっぷりとつかる怖さを知った。
でも、この『思い込み』って、悪いヤツじゃない。
中国に1年も住んでいると、
「コトー、中国語が上手になったね」と言われるようになった。
「えっ?外国語の勉強って苦手だけれど、
私でも上達できる?できる?できた?」
そんな思い込みは、「もっと話そう!」という気持ちに繋がった。
留学中は、1つ1つの課題を達成することに精一杯で、
客観的に自分を見ることができなかった。
今振り返ると、いろいろ体験したことがすべて、
心の糧となっているんだなって思う。