コトー Blog & Vlog

東洋医学のこと、鍼灸治療のこと、パーソナルトレーニングのこと、日々の暮らしのこと…。カテゴリー別に書き連ねています…。ちょこっと、動画も始めました…。

中国留学思い出し日記~インフルエンザと戦った日々

P1010669

明け方にぐっと冷え込んできましたね。
慌てて少し厚い掛け布団にしたら、熱さで目が覚め、
この時期の布団や衣類の調整は難しいです。

 

毎年恒例のインフルエンザの予防接種をしてきました。
接種していただいたのは3価ワクチンといい、
季節性インフルエンザ(A型とB型)と新型インフルエンザに効くので
1回の接種だけでいいとのこと。
ありがたいです。

 

そういえば、中国留学中にインフルエンザにかかったことがあります。

 

2月上旬、北京旅行直後、ひどい寒気に体温を測ると39.5℃!
あ~、インフルエンザだっ!
でも中国の病院には行きたくない。
日本から解熱剤を持ってきていた。
インフルエンザだとしたら、
1日3錠×7日分=21錠あればいいが…
うっ! 11錠しかない。
もうろうとする頭で考える。
1・2日目は3錠ずつ…
3・4日目は2錠ずつ…
5日目は1錠…
でいいか…
冬休みで親しい人たちは帰省あるいは旅行中で
それしかない。

 

ホカホカの羽毛布団にくるまっても、寒くてしょうがない。
服を重ね着し、ひたすら寝た。
しばらくしてどっと汗が出始め
目が覚めるたびに着替えをし、
スポーツドリンクを飲んだ。
洗濯ができず、汗が乾いた服を裏返しにして着ていた。

 

気づくと左耳が聞こえない。
インフルエンザが原因?
このままずっと聞こえなかったらどうしよう…
日本からもぐさを持ってきていたが
自分で治療できる状態ではなく、
ひたすら寝た…
4・5日すると体が動けるようになり
いつのまにか難聴も治っていた。

 

以前、日本で40℃近く熱を出し
すでに身動きがとれず
解熱剤と氷枕と根性で解熱させ、
動けるようになって受診したところ
「インフルエンザだったねぇ」
と診断された経験があったからこそ、
異国の地でもなんとかなった気がします。

 

今年のインフルエンザの流行はどうなるでしょうか。
皆様、気をつけましょう。

 

中国留学思い出し日記~満月の思い出  サバイバル編

P1010490

語学と鍼灸の勉強のために、
中国・安徽省(あんきしょう)・無湖市(ぶこし)に

留学していたことがあります。
上海から各駅停車で10時間,

南京から高速バスで1時間の所です。

 

 

留学半年後の冬休みに、1人で一時帰国しました。
当時の語学力は少し中国語を話せるが、
ほとんど聞き取れない状態(方言の壁は厚かった!)
留学するときは日本から上海回りで、

日本語の話せる中国人が同行していたので、
何の不安もありませんでした。

 

 

2006年12月下旬、

上海の旅行会社に日本語が上手な社員がいると聞き、

そこで南京空港⇔関西国際空港の航空券と

南京のホテルの予約をお願いした。
2007年2月2日、大学前に止まっていたタクシーのドライバーに尋ねた。

南京までいくら?

彼は「250元」と答えた。

長距離の場合、事前に運賃を聞かないとぼったくられてしまう。

その頃、1元=約15円だから約3750円。

まあまあ相場と思い、そのタクシーに乗り込んだ。

今日泊まるホテルの住所や電話番号が書いてある紙を渡すと、

ドライバーはすぐ携帯電話を取り出し、

ホテルに行き方を尋ねているようだった。

 

 

南京まであと半分という所でドライバーはタクシーを止め、

近くに停車していたタクシーのほうへ歩いていった。

しばらくして戻ってくると

「自分は道がよくわからないから、ここからタクシーを乗り換えてくれ。

自分に120元,彼に130元支払えばいいから」と言った(と思う)。

 

 

ほどなく南京市内に入った所でタクシーが止まり、

ドライバーが別のタクシーのもとへ…。うっ、嫌な予感!!!

しばらくして戻ってくると

「自分はホテルの場所がわからないから、

あのタクシーに乗り換えてくれ」と言った(と思う)。

 

 

3人目のドライバーは何度も何度も携帯電話でホテルへ道順を確認していた。

タクシーはどんどん市内を離れ、いつしか田園風景に…。

1時間半かけてやっと着いたのは、さびれた温泉地。

ドライバーもほっとした表情をうかべていた。

 

 

翌朝8時発の飛行機に乗るので、

早速フロントで、空港までどれくらいかかるか聞いた。

車で1時間。

えーっ!旅行会社には空港に一番近いホテルをお願いしたのに!!!

しかたないので、翌朝のタクシーを予約した。

その夜生まれて初めて、食あたりでもないのにお腹が下った。

 

 

翌朝5時半に、タクシーではなく自家用車に乗り込んだ。

エアコンをつけていないので、底冷えした。

いくら走ってもほとんど民家がない暗黒の世界。

私の語学力では話が続くわけでもなく、

ドライバーは沈黙に耐え切れずにラジオをいれた。

何曲目かでゴスペラーズ(日本のコーラスグループ)の『星屑の街』が流れてきた。

もうすぐ落ちてきそうな大きな大きな満月を眺めながら、

どうぞこの曲が終わりませんように…、

終わりませんように…、

終わりませんように…、ひたすら願っていた。