コトー Blog & Vlog

東洋医学のこと、鍼灸治療のこと、パーソナルトレーニングのこと、日々の暮らしのこと…。カテゴリー別に書き連ねています…。ちょこっと、動画も始めました…。

2022年4月 花!花!散歩!

福岡県福岡市にある、筥崎宮(はこざきぐう)の花庭園に行ってきた。たくさんの春ボタンとシャクヤク!日差しに弱いのかな?日よけが施されている。

 

説明文の字が小さいけれど、読めますか?土から木になって出てくるのがボタン。土から茎になって出てくるのがシャクヤク。知らなかったなぁ…。

 

どんな花でも蕾にくぎ付け!エネルギーが凝縮され、はじける寸前の姿に惹かれる。

 

開いたら、こんな風になるのかな?

 

この蕾は、

 

色味はちょっと違うけれど、こんな感じになる? おっ!

 

これは、ハナショウブ?アヤメ?カキツバタ?区別がつかない。帰宅後、ネットで調べてみると…。カキツバタやハナショウブは湿地に咲くらしい。となると、コトーが見たのはアヤメ?花ばかり見て根元を見ていない。たっぷりと水が入った桶の中に、植木鉢が入っていたかも…。

 

お天道様が気持ちいいよぉ~って聞こえてくる。さぁて、じっくり筥崎宮の花々を見た後は、地下鉄に乗って舞鶴公園へ。

 

つつじが咲き始めてるねぇ~。あーっ、あそこに見えるは!

 

藤棚だー!

 

ぶどうが食べたくなった。

 

おーっ!

 

花びらの見事なグラデーション。あっ!花ばかり見て、茎を見ていないから、ボタンなのか、シャクヤクなのか、結局分からなかったなぁ~。

福岡県福岡市にある、女性専門鍼灸&パーソナルトレーニング≪レディース鍼灸ことうプラス≫の女性鍼灸師・理学療法士のコトーでした。

2022年初春?初夏?ポカポカ散歩!

特集ブログの中休み。

 

福岡市美術館で開催中の『シンガポール・スタイル1850-1950展』に行ってきた。以前、コトーは趣味で染織をしていた。

 

染色学校に通っていた1993年頃の作。型染めの綿の風呂敷。

 

同じく1993年頃の作。筒描きの絹のスカーフ。

機織り教室に通っていた1998年頃の作。糸染めをして、織機で織り、ミシンで仕立てた綿のコート。今は作品を作っていないが、染織に興味津々!

 

1920-1930年代に作られた上衣と腰布。

 

上衣の裾にレースが付いている。

 

魚の文様!レースはヨーロッパ製。縫製はマレーシアのペナン。しゃれてるなぁ…。

 

1940-1950年代に縫製。このスタイルは、日本の着物に通じるねぇ~

 

菊の花がプリントされている。生地はヨーロッパあるいは日本製。コトーもこの菊柄が好きで…。

 

菊の文様のワンピースを持っている。丈が短く、寒がりの中年コトーはスパッツやズボンも一緒に着用。展示作品を2度じっくり見入った後、屋外に出ると…。

 

大濠公園は雲1つない晴天。ビルに囲まれた大きな湖を見るたびに、プラッシュ・バックする。

 

鏡湖公園で2007年に撮影。

 

湖の隣は繁華街。鍼灸と中国語の勉強のため、中国に留学していた。次々とアクシデントがあったが、帰国したいと思ったことは1度もなかった。「どうやって勉強したら、鍼灸も中国語も効率よく身につけられるのか…」とひたすら考えながら散歩したなぁ…。

 

それにしても大濠公園にはカモメが多いなぁ。

 

親子?兄弟?のカメたちの甲羅干し!

 

好天続きで枝垂桜も咲き始めた。

 

春だねぇ…。

2022年極寒!キーンキーン梅見散歩!

 

鴻臚館(こうろかん)は、平安時代の7世紀後半に、筑紫(現在の福岡市)と難波(大阪)と平安京(京都)に建てられた、国立の迎賓館。

 

1987年、福岡平和台球場の外野スタンドの改修工事に伴う発掘調査で、筑紫の鴻臚館の遺構を発見!3ヶ所の鴻臚館の内、場所が特定できているのは福岡だけ。ほほーっ。

平安時代の前、飛鳥・奈良時代には、筑紫の鴻臚館の前身、『筑紫館 つくしのむろみつ』があった。688年、日本書紀に『筑紫館で新羅(しらぎ)(朝鮮の古代の王国)からの使者をもてなした。』と記されている。7世紀後半には、外国使節や遣唐使・遣新羅使などの宿舎として使われた。9世紀後半以降、留学僧(るがくそう)・唐商の応接機関、11世紀には外国商人との貿易の場となった。400年の歴史がある。

中国の呉(ご)の国の僧侶・智聰(ちそう)が、仏典とともに鍼灸医学書を日本に持ち込んだのが、562年。日本の鍼灸の起源。その後、遣隋使や遣唐使が中国文化を輸入し、中医学を学んだ医師(僧医)や中医学書により、中医学は日本に深く伝わっていった。この鴻臚館でも、古代の中医学書を手にした日本人がいたんだなぁ…。

当初の鍼灸は、都でも上層階級の人たちだけが対象であったが、江戸時代に入ると、お灸は庶民に広く浸透していった。浮世絵にも、お灸をしている絵が何枚もあるよ。

 

鴻臚館があった場所に、福岡城もあった。福岡城は、黒田長政が1601年から7年かけて築城。現在、福岡城跡には梅園がある。

 

2022年1月上旬、天気は快晴だが気温6度。梅のつぼみも凍えそう…。早く来すぎた!1か月後にまた来よう!

 

2月上旬。天気は曇り。気温は8度。0.5分咲きかなぁ…。ピンクもいいけど、

 

赤もいいねぇ。

 

梅花の串刺しだんご!美味しそう!

 

2週間後にリベンジ!2月下旬。天気は曇り。気温は5度。花数は少ない気がする。

 

曇りの日に、

 

花の写真を撮るのは難しいねぇ。暗くなっちゃう。

 

寒くて手がかじかむし…。しかーし、日の出が早くなり、日の入りも遅くなってきた。これから三寒四温を繰り返し、春がやってくるね。

福岡市南区にある、女性専門鍼灸&パーソナルトレーニング≪レディース鍼灸ことうプラス≫の女性鍼灸師・理学療法士のコトーでした。

特集:五臓六腑と経絡とツボと鍼灸の関係性⑧~手少陰心経・前編

心臓の大きさは、握りこぶしぐらい。心筋と呼ばれる特殊な筋肉の塊。電気的な興奮で、1分間に70回程度拍動(=収縮)し、動脈へ血液を押し出す。心臓の1回の拍動で押し出される血液量は、70~80ml。70ml×70回=4900ml。1分間に約5ℓも心臓から血液が押し出され、全身の動脈、そして静脈へと流れる。

東洋医学でも、『五臓六腑の中の心(しん)は血脈を司る』と言われている。血(けつ)(=栄養分)は、脈(みゃく)の中を流れる。脈とは、経絡と血脈(=血管に該当する)のこと。ただ、『血』単体では動けない。『気(=エネルギー)』が血を押して動かすことにより、血は脈の中を流れることができる。『気』にはたくさんの種類がある。ここで登場するのは『心気 しんき』。心が持つ『気』。血が心から全身に送られ、やがて心に戻ってくるのは、心気の働きによるもの。心気が年中無休で働き、全身に常に栄養が行き渡る。

東洋医学では、『心は神(しん)を蔵す』と言われている。神は、思考・判断・記憶など、意識的な心(こころ)の働きを指す。だけでなく…。

何気なくスマホを開き、「おっ、コトーの特集ブログが再開した」と気づく…。心臓のイラスト?ちょっと読んでみようかな…。スマホの画面を操作する…。様々な感情が湧き出て、言動や行動を起こす。これらも『神』に含まれる。

心がガシッ!と神を支えていれば、精神は安定し、しっかり考え、しっかり行動できる。心の働きが不十分で、神を支えきれないと、不眠、多夢(夢を多く見る)、気持ちがフワフワ・ザワザワと落ち着かない、健忘などの症状が現れる。

東洋医学では、『心は君主の官(かん)』と言われ、五臓六腑を統括する。心が蔵する『神』は、五臓六腑同士の調整役もしている。話がややこしくなってきたが、心ってすごいヤツなんだよぉー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

福岡市南区にある女性専門鍼灸&パーソナルトレーニング≪レディース鍼灸ことうプラス≫の女性鍼灸師・理学療法士のコトーでした。

中年コトーのおしゃれ研究室⑧~好き!なんだけど…

残暑がやたら長いなぁ~と思っていたら、冷たい北風が吹き、冬がやってきた。温暖な秋に着たい服があったのになぁ…と思っていたら、心地よい風と共にキンモクセイの香りがしてきた。秋だー!

 

小さい頃から作業着が好きだった。車の修理工の油にまみれたつなぎに見とれた。数年前、サロペット、オーバーオールが流行った。うれしくて、うれしくて、普段は入らないブティックをはしごして、試着しまくった。

 

裾が先細りのオーバーオール。着心地満点なんだけど、ボタンも含め金具がたくさん付き、ずしっと重い。一日中、着続けるのはきつい…。着るのは、近くのスーパーに買い物に行く時ぐらい…。

 

麻の生地で作られたオーバーオールって珍しい。夏に着ようと思ったが、胸当てと背当てがあるので暑くて着られない…。

 

 

金具が少なく、生地が薄いので、先の3点よりもかなり軽い。構造上、ウエストの部分でズボンを支えることはなく、肩ひもにズボンの重みがすべてかかってくる。肩こりコトーとしては、長時間、着用するのはつらい…。好きなんだけどねぇ…。

サロペットの上にジャケットを羽織るとモコモコかさばる。着心地に超うるさいコトーにとっては、サロペットはシャツ1枚で過ごせる秋や春限定の服なんだなぁ…。

 

現在の仕事着。幅広のバルーンパンツに5指のハイソックス。締め付け感がなく、リラックスして仕事に打ち込める。小さい頃から、鳶(とび)の地下足袋とニッカポッカ・ズボンが大好きだった。その影響もあるのかな。先日、書店で目が釘付けになった本がある。

 

スーパー・ボランティアの『尾畑春夫のことば』。赤いタオルを鉢巻きにして、満面の笑みをたたえた尾畑氏。かっちょい~い!この本によると、尾畑氏は魚屋の開業資金を貯めるために鳶職をしていた。あ~、そうだったのねぇ~~~~~!

 

コトーが一番最初になりたかった職業は左官。日本家屋の玄関先をセメントで丁寧に作り上げる工程を、幼少のコトーはじーっと見つめていた。公園の砂場の砂に水を混ぜて、まね事をしたなぁ~。

 

理学療法士として働いていた頃は、運動麻痺のある子供たちの椅子などをべニア板や厚手の段ボールで作った。作り方を教わったことはないが、頭の中に設計図がふうっと浮かぶと作業部屋に立っていた。間に合わない時は週末に自宅でも作業していたので、自宅に大工道具が揃ってる。

今は鍼灸師をしているが、専門職というより職人という意識が強い。東洋医学や西洋医学のことをブログや動画で説明する時、「まぁ、こんなんでいいかなぁ~」と妥協はしない。一般の方にも分かりやすくきちんと伝えるのがプロの仕事だ!と思ってる。『職人気質』を辞書で調べてみた。『職人社会に特有の気質。自分の技術に自信を持ち、頑固だが実直であるというような性質。』う~ん、頑張るぞ!

次回は、『足太陰脾経 あし・たいん・ひけい』という経絡にまつわる話だよ~ん。福岡市南区にある、女性専門鍼灸&パーソナルトレーニング≪レディース鍼灸ことうプラス≫の女性鍼灸師・理学療法士のコトーでした。